誰がAIを使っているのかを確認します。調査によって母集団も設問も異なるため数値の単純比較はできません。当事者調査が多いことにも注意が必要です。
6-1. 機関投資家 — AIは一次資料と人的対話を置き換えていない
米国の機関投資家100名を対象としたIR支援会社による2026年の調査では、生成AIを投資リサーチ上「少なくとも中程度に重要」とした回答が54%、新規投資候補の詳細調査で主要ツールとして使うとした回答が42%でした。ただし最も示唆的なのは情報源としての重要度です。経営陣との接触77%、企業の開示66%、IR部門との対話63%、IRサイト47%に対し、生成AIの回答は24%(当事者調査・n=100。設問と尺度が項目ごとに異なり横並び比較はできません)。
少なくともこの調査では、生成AIは重要性の点で経営陣・企業開示・IR対話を下回っており、従来の一次情報と人的対話を置き換えたとは言えません(「必ず最終確認で一次資料に戻る」という行動を測った調査ではない点にも注意が要ります)。IRのリスクは「AIが最終判断を下すこと」ではなく、「食い違いが検出される前に、誤った前提で質問が組み立てられること」にあります。
6-2. 運用会社の実装 — 日本の監督当局による横断調査
より信頼度の高い国内データとして、金融庁が2026年7月に公表した「資産運用サービスの高度化に向けたプログレスレポート2026」があります。これは監督・モニタリングに基づく進捗報告書であり、法令でも監督指針でもありません。
2025年11月末時点で大手資産運用会社13社(日系10社・外資系3社)を調査したところ、生成AIを導入済または準備中とした社数はリサーチ業務で11社、レポーティング業務で11社、スチュワードシップ活動で10社。決算分析でアナリスト1人当たり月40時間の削減という事例も挙がっています(1社の自己申告。投資成果ではなく業務時間の指標)。
IRにとって重要なのは、AIが使われている場所です。同レポートは議決権行使・エンゲージメント領域で、投資先企業の公表資料からの財務・非財務情報の収集・分析および議決権行使に係る一次判断にAIを活用する取組が広がっているとしています。つまり、自社が発表した開示資料は、投資家側のAIに読み込まれ、要約され、議決権行使の一次判断の材料にまで入り始めているということです。なお13社中10社が「データベース設計・構築」、9社が「説明可能性の担保」を課題に挙げ、人間が確認・判断する運用としています。
6-3. 個人投資家 — 「懸念がある」と「必ず検証する」は別
個人投資家については査読を経た研究が最も信頼できます。米ワシントン大学の研究チームによる調査(Journal of Accounting and Economics 2026年11月号に掲載予定)は、大手ブローカレッジの生成AIチャットボットへの40万件超の実際の問い合わせと2,000名超への調査を組み合わせ、個人投資家のおよそ半数が生成AIを利用していると報告しています。主な用途は財務情報や市場動向の解釈と文脈化で、銘柄スクリーニングも含まれます。懸念で最も多いのは信頼性・正確性(54%)でした。ただし「懸念がある」ことと「必ず一次資料で検証する」ことは同じではありません。同研究は金融知識や投資経験が豊富な利用者ほど複雑な用途でAIを使う傾向も報告しており、「AIを無批判に信じる若年初心者」という像は支持されません。
6-4. IR部門自身 — 日本の一次データが示すもの
日本のIR部門についての最も重要なデータが2026年5月に公表されました。IR普及を目的とする非営利団体、日本IR協議会の第33回「IR活動の実態調査」です。2026年1月時点の全上場会社4,088社を対象に2026年2月9日〜3月25日に実施され、948社が回答(回収率23.2%)。
結果は明快です。IR活動における生成AIの利用は「1年前より利用頻度が増えた」が80.3%。IR関連業務での使用状況(「業務で使用」または「トライアル」の合計、n=780)は、資料要約・整理が80.5%(2024年調査では13.8%)、議事録作成65.8%、英文開示資料の作成が63.7%(同16.0%)、説明会・報道用ドキュメント作成51.3%。ガイドライン策定も55.2%(前回32.1%)に進んでいます。
そして、導入の課題(n=917)の第1位が決定的です。情報の正確性に欠ける(いわゆるハルシネーション)が77.2%。以下、セキュリティ面での懸念60.1%、著作権・倫理面のリスク45.0%、従業員のスキル不足34.8%、社内用語への非対応34.1%と続きます。
回答企業の8割近くが、生成AIのハルシネーションを最大の課題として挙げている。 4,088社に配布して948社回答(回収率23.2%)という母集団である点は割り引く必要がありますが、AIの不正確さがIR実務の現場感覚として共有されつつあることは読み取れます。
ところが同じ調査の効果測定に用いる指標には、噛み合わない結果が並びます。
| 効果測定指標 | 2026年 | 前回 |
| 株主構成 | 86.8% | 84.8% |
| アナリスト・投資家との面談回数の増減 | 69.0% | 65.1% |
| 説明会へのアナリスト・投資家の参加人数 | 51.1% | 47.3% |
| 時価総額 | 47.0% | 39.0% |
| 株式の売買高/PBRなど | 37.1%/36.9% | 31.6%/28.1% |
少なくとも同調査の効果測定設問では、AI上の企業認知は測定項目として確認できません。 ただし、各社が別途測定しているかどうかは、この調査からは判断できません。
ここに本記事が指摘したい非対称が現れます。IR部門は、自分たちが使うAIについてはハルシネーションを最大の課題として挙げている。しかし、投資家が使うAIが自社をどう語っているかは、少なくともIR効果測定の枠組みには入っていない。 同じモデルが同じ不正確さを自社の決算について生成しうるにもかかわらずです。
海外も同様です。取引所系のIRソリューション事業者が2025年第4四半期にIR担当者約700名へ実施した調査では、AIを業務に組み込み済みとの回答が51%(2024年は30%)でした(当事者調査)。いずれも「IR部門がAIを使う」データであって、「AI上の自社認知を測っている」データではありません。
6-5. 日本の測定の空白
日本証券業協会の「個人投資家の証券投資に関する意識調査2026」は有効回答5,000件の大規模調査で、証券保有者の情報源としてウェブサイト52.9%、30歳代以下ではInstagram・YouTube・TikTok等43.4%という結果を示しています。
しかし、この調査にAIやChatGPTを直接尋ねる設問は含まれていません。これは「日本の個人投資家がAIを使っていない」ことを意味せず、測定されていないということです。日本の個人投資家が銘柄研究に生成AIをどの程度使っているかを示す公開統計は、2026年8月時点で確認できませんでした。