部門別ユースケース

忘れられる権利は、AIの回答に届くのか — 制度の対象と、法人・自然人の分かれ目

2026-08-11読了目安 28

著者: Vaipm(AI上の認知を、複数のAIへの合計25回のステートレス計測で測定している)

この記事のポイント

事実だが不利な記述をAIの回答から消せるのか。GDPR第17条・Google Spain判決・最決平成29年1月31日・CNILの整理・個人情報保護法第34条と第35条・EU AI Act第50条を、対象と主体で切り分ける。法人には一般的な権利がなく、自然人には及びうるが実行可能性の壁があることを一次情報で示す。

結論サマリー

AIの回答に、自社にとって不利な記述が現れる。しかもそれは事実である。訂正を求める根拠がないとき、法制度に頼れるのか。

本稿の結論は、主体によって分かれる。

法人としての企業には、一般的な権利がない。EU GDPR 第17条の消去権が保護するのは自然人であり、規則の正式名称も「自然人の保護に関する規則」である。日本の削除法理も、検索結果を扱った最高裁2017年決定に加え、投稿そのものの削除を認めた2022年判決があるが、いずれも自然人のプライバシーに関する判断である。法人が、真実である自社の不利な情報をAI回答から消すための一般的な権利は、本稿で確認した範囲では確認できなかった。

役員等の自然人には、権利が及びうる。フランスのデータ保護機関 CNIL は、抽出可能な個人データを含むAIモデルは匿名とみなせず、その場合GDPR上の権利がモデル自体にも適用されるとしている。ただし権利は絶対ではなく、モデル再学習の実行可能性とコストに照らして請求が拒否されうる。もっとも、拒否で終わるわけではない。CNIL は再学習が比例性を欠く場合、出力フィルタ等の代替措置を検討するよう求めている。同じ構造は日本の個人情報保護法第35条のただし書き(困難な場合の代替措置)にもある。

そして重要な区別がもう一つある。「事実でないことを理由とする訂正」と「別の事由による消去・利用停止」は、EUでも日本でも別の制度である。日本の個人情報保護法は前者を第34条に、後者を第35条に置いている。事実であることは、あらゆる請求を封じるわけではない。

実務の結論は次の一行になる。法人としての請求可能性と、個人としての請求可能性を、最初から分けて設計する。

この記事で分かること

  • 「忘れられる権利」と呼ばれる制度が、実際には性質の異なる複数の制度であること
  • EU GDPR 第17条で消去が認められる場合と、認められない場合(第3項の5つの例外)
  • 日本の削除法理が検索結果だけを対象としていないこと(最判令和4年6月24日)
  • 個人情報保護法の「訂正等」(第34条)と「利用停止等」(第35条)の違いと、代替措置のただし書き
  • AIモデル自体への権利行使について、EDPB と CNIL がそれぞれ何を示しているか
  • 再学習が困難な場合の代替措置と、モデルとシステムを区別する必要
  • EU AI Act 第50条が透明性の規律であって消去請求権ではないこと

対象読者

法務担当者、および法務と連携する広報・危機管理の担当者。自社または役員に関する不利な記述がAIの回答に現れたとき、どの制度が使え、どの制度が使えないかを整理したい方を想定している。

本記事の位置づけ — 二つの隣接記事との違い

AI誤情報と法的責任との違い。同記事が扱うのは「誤りである情報について、誰にどう責任を問えるか」である。本稿が扱うのは「事実である情報を、制度で消せるか」である。誤っているかどうかで、使える制度が根本から変わる。この点を混同したまま検討を始めると、成立しない請求に時間を使うことになる。

姉妹記事AI回答に、その情報はいつまで残るのかとの関係。そもそもなぜ情報がAI回答に残るのか、どれだけ残るのかは、同記事が扱っている。引用元が週単位で入れ替わり続けること、法人向けの訂正制度が確認できないこと、そして残存期間を測った公開研究が確認できないこと。本稿はその前提を引き継ぎ、「では制度は届くのか」だけを扱う。残存の構造は再説明しない。

§0 本記事の範囲

本稿が答えるのは、次の問いである。

AIの回答に現れた、事実だが不利な記述について、既存の法制度は削除を命じうるか。

扱う制度は、EU GDPR 第17条、Google Spain 判決(C-131/12)、日本の最高裁平成29年1月31日決定、CNIL と EDPB Opinion 28/2024 による整理、EU AI Act 第50条、そして日本の個人情報保護法である。

扱わないことを先に明示する。

なお本稿は日本語圏の読者を想定しているが、EU法を扱うのは、AI提供元の多くが EU の規律の対象になっており、その運用が結果として日本の利用者にも及ぶためである。

§1 「忘れられる権利」は、ひとつの制度ではない

議論の混乱の多くは、性質の異なる制度を同じ名前で呼ぶところから生じている。先に切り分ける。

通称される制度実際の対象主体
EU GDPR 第17条管理者が保持する個人データ全般(検索に限定されない自然人
Google Spain 判決氏名検索の結果リスト中のリンク自然人
最決平成29年1月31日検索結果の一部としてのURL等情報の提供個人(プライバシー)

Google Spain 判決と日本の最高裁2017年決定は、検索結果のリンク・URL等情報の削除を扱う。一方、GDPR 第17条は検索に限定されず、自然人の個人データ処理一般について一定の場合に消去権を認める。

「忘れられる権利=検索結果の制度」と一括りにするのは誤りである。この区別が、AI回答との関係を考えるうえで効いてくる。検索結果を対象とする制度は、生成された回答文にそのままは届かない。しかし管理者の保有データ一般を対象とする制度は、届く経路がありうる。

§2 EU GDPR 第17条 — 何が認められ、何が認められないのか

2-1. 条文の構造

EU 一般データ保護規則(規則 (EU) 2016/679)第17条は「消去権(忘れられる権利)」を定める。条文は「データ主体は、自己に関する個人データの消去を管理者から得る権利を有する」と規定する。

第17条は検索エンジンに限定された制度ではない。個人データを扱う管理者一般に対する権利であり、検索結果はその適用対象の一部にすぎない。

2-2. 消去が認められる場合(第1項)

第1項は、消去を求めうる事由を列挙している。実務で問題になりやすいものを中心に整理する。

事由内容
目的達成収集・処理の目的に照らして、その個人データがもはや必要でなくなった場合
同意の撤回処理の根拠が同意であり、それが撤回され、他に法的根拠がない場合
異議申立てデータ主体が処理に異議を申し立て、管理者側に優越する正当な根拠がない場合。ダイレクトマーケティング目的の処理に異議が述べられた場合を含む
違法な処理その個人データが違法に処理されていた場合
法的義務管理者が服する法により消去が義務づけられている場合
児童への情報社会サービス児童への情報社会サービスの提供に関連して収集された個人データの場合

注目すべきは、これらの事由がいずれも「データが誤っていること」を要件にしていない点である。正確な情報であっても、目的達成や異議申立てを理由に消去が問題になりうる。

2-3. 公開していた場合の通知義務(第2項)

第2項は、管理者が個人データを公開していた場合にも対応する。第1項に基づく消去義務が生じた管理者は、利用可能な技術と実施コストを考慮した合理的な措置(技術的措置を含む)により、そのデータを処理している他の管理者に対し、当該データへのリンク・コピー・複製の消去をデータ主体が請求したことを知らせなければならない

AI回答との関係でこの条文が示唆するのは、拡散先への波及を制度が想定しているという点である。ただしこれも自然人の個人データについての制度であり、法人の評判情報一般を対象とするものではない。また義務の内容は「知らせる」ことであって、他の管理者に消去を強制する仕組みではない。

2-4. 消去が認められない場合(第3項)

第17条は無条件の権利ではない。第3項は、処理が次のいずれかに必要である限度で第1項・第2項が適用されないと定めている。

例外内容
(a) 表現・情報の自由表現および情報の自由の権利の行使に必要な場合
(b) 法的義務・公益任務管理者が服する連合法・加盟国法上の義務の遵守、公益上の任務の遂行、または管理者に付与された公的権限の行使に必要な場合
(c) 公衆衛生第9条2項(h)(i)および第9条3項に従った公衆衛生分野の公益上の理由による場合
(d) archiving・研究・統計第89条1項に従った公益的アーカイブ、科学的・歴史的研究、統計の目的で、第1項の権利がその目的の達成を不可能にし、または著しく損なうおそれがある場合
(e) 法的請求法的請求の確立、行使、防御に必要な場合

危機管理の文脈で特に関係しうるのが、(a) の表現・情報の自由と (e) の法的請求である。不祥事に関する報道は表現・情報の自由の行使に当たりうるし、係属中または予見される紛争があれば法的請求の防御が問題になる。「事実である不祥事の記述を消す」という請求は、この二つの壁に向き合うことになりやすい。

2-5. そして、法人は主体にならない

主体は限定されている。規則の正式名称は「自然人の保護に関する規則」であり、第17条が保護するのはデータ主体=自然人とその個人データである。法人としての企業が、自社に関する不利な記述の消去を第17条に基づいて求める構図は取れない。

これは条文の技術的な制約ではなく、規則の目的そのものに由来する。GDPR は個人の権利利益を守る法であって、企業の評判を守る法ではない。

§3 Google Spain 判決 — 対象は検索結果リストのリンク

忘れられる権利が広く知られる契機となったのが、EU司法裁判所(大法廷)が2014年5月13日に出した Google Spain 事件判決(C-131/12)である。スペイン在住の個人について、社会保険料債務の回収に伴う不動産競売の告知が新聞のオンライン版に掲載され、氏名検索の結果に表示され続けた事案である。裁判所は、検索エンジン運営者が第三者のウェブページ上の個人データについて処理の責任を負うとし、一定の条件のもとで検索結果リストからそのリンクを削除することを求めうるとした。

対象の範囲が重要である。削除対象は「当該個人の氏名に基づく検索の結果として表示されるリスト中のリンク」であり、元のウェブページの掲載自体は適法なまま残りうる(本件でもスペインのデータ保護機関は新聞社への請求を認めていない)。この判決は情報そのものを消すのではなく、特定の検索経路からの到達を断つ。

なお本判決は、Directive 95/46/EC(データ保護指令)の下で出された判決であり、現在の GDPR 第17条そのものを適用した判決ではない。GDPR は2018年5月に適用が開始されている。判決の射程を現行法の解釈にそのまま重ねる際は、この点に注意が要る。

AI回答との関係で押さえるべきは、この判決が想定した操作の単位である。検索結果では「リンクのリストから項目を外す」という操作が成立する。生成された文章について同じ操作が成立するかは、別に検討しなければならない。

§4 日本の枠組み — 検索結果と、投稿そのもの

日本では、最高裁判所第三小法廷が平成29年(2017年)1月31日に決定(平成28年(許)第45号、民集71巻1号63頁)を出している。

決定は、検索事業者による検索結果の提供が「検索事業者自身による表現行為という側面を有する」としたうえで、当該事実の性質・内容、伝達範囲と被害の程度、当事者の社会的地位、記事の目的や意義、掲載当時の社会的状況とその後の変化などを比較衡量し、その事実を公表されない法的利益が優越することが明らかな場合に検索結果からの削除を求めうるという枠組みを示した。

事案は犯罪の嫌疑による逮捕という事実に関するもので、結論として削除は認められていない。当該事実がなお公共の利害に関する事項と評価され、検索条件が居住県名と氏名の組み合わせであったため伝達範囲が一定程度限られると判断されたためである。この決定でも対象は「検索結果の一部としてURL等情報を提供する行為」である。

4-1. 日本の削除法理は、検索結果だけを対象としていない

この決定を「インターネット上の削除一般の基準」と読むのは誤りである。

最高裁第二小法廷は令和4年(2022年)6月24日、逮捕事実を摘示した Twitter 投稿そのものについて、プライバシーに属する事実を公表されない法的利益と、投稿を一般の閲覧に供し続ける理由とを比較衡量し、投稿の削除を認めた(令和2年(受)第1442号「投稿記事削除請求事件」、民集76巻5号1170頁)。

対象となった逮捕事実は、真実の情報である。平成24年の建造物侵入による逮捕と罰金刑という事実が報道され、それを転載したツイートが問題になった。最高裁は、逮捕から原審の口頭弁論終結時まで約8年が経過し、刑の言渡しが効力を失っていること(刑法34条の2第1項後段)、転載元の報道記事も既に削除されていることなどから、当該事実の公共の利害との関わりの程度は小さくなってきていると評価した。あわせて、各ツイートが140字の字数制限の下で速報を目的としたものであり、長期間にわたって閲覧され続けることを想定したものとは認め難いとも述べている。

原審(東京高裁)は平成29年決定の「明らか」要件を投稿削除にも適用して請求を棄却していたが、最高裁はこれを破棄した。平成29年決定より緩やかな基準を示したものと評されている。

したがって、既存法理のすべてを「リンクをリストから外す制度」と整理することはできない。投稿そのものの削除を命じた先例が存在する。

ただし、この判例も自然人のプライバシーに関するものであり、法人の真実な不利情報について一般的な削除権を認めたものではない。本稿の中心的な問いに対する答えは、この判決によっても変わらない。

4-2. 押さえておくべき二点

第一に、平成29年決定の「明らかな場合」という要件は高い。ただし令和4年判決が示すとおり、その基準がインターネット上の削除一般に及ぶわけではない。媒体と請求の性質によって枠組みが異なる。

第二に、AI提供元による生成回答について判断枠組みを示した最高裁の判断は、本稿で確認した範囲では確認できなかった。検索結果には平成29年決定が、投稿には令和4年判決がある。生成回答については、参照すべき先例が見当たらない。

§5 日本の個人情報保護法 — 「訂正等」と「利用停止等」は別制度

ここが実務上いちばん誤解されやすい。「事実だから何も請求できない」という理解は正確ではない。

日本の個人情報保護法は、保有個人データについて二つの異なる請求を用意している(条番号は個人情報保護委員会のガイドラインに拠る)。

訂正等利用停止等
条文法第34条法第35条
要件内容が事実でないとき目的外利用・不適正利用・不正取得等(第1項が請求要件)/同意なき第三者提供等(第3項が請求要件)/利用する必要がなくなった場合、一定の漏えい等が生じた場合、本人の権利若しくは正当な利益が害されるおそれがある場合(第5項が請求要件)
事業者の対応義務第1項に対応する第2項/第3項に対応する第4項/第5項に対応する第6項
求めうる措置訂正・追加・削除利用停止・消去、第三者提供の停止
事実である場合成立しない要件を満たせば成立しうる

この対比が示すことは明確である。第34条の訂正等は「事実でないこと」を要件とするため、事実である記述には使えない。しかし第35条の利用停止等は、データが正確であっても、取扱いが違法である場合や、利用の必要がなくなった場合、本人の権利・正当な利益が害されるおそれがある場合に、利用停止・消去や第三者提供の停止を求めうる。

5-1. ただし「要件充足=必ず削除」ではない

ここが実務上きわめて重要な点である。

第35条の第2項・第4項・第6項は、いずれもただし書きを置いている。第2項の文言では、当該保有個人データの利用停止等に多額の費用を要する場合その他の利用停止等を行うことが困難な場合であって、本人の権利利益を保護するため必要なこれに代わるべき措置をとるときは、この限りでないとされている。

したがって、第35条の要件を満たすことと、必ずデータそのものが削除されることは同義ではない。困難な場合には代替措置での対応が制度上想定されている。

この構造は、§6で見る CNIL の整理と正確に対応する。CNIL も、モデルの再学習が過大な負担となる場合には出力フィルタ等の代替措置を検討するよう求めている。「削除できないなら何もしない」でも「必ず削除する」でもなく、実行可能性に応じた代替措置で本人の権利利益を保護するという考え方が、日欧いずれの制度にも共通して置かれている。

5-2. 主体は本人=自然人である

ここでも主体は本人=自然人である。保有個人データは特定の個人を識別できる情報であり、法人自身が「自社に関する記述」としてこれらの請求を行う構図にはならない。役員個人に関する記述であれば、本人からの請求として問題になりうる。

5-3. 令和8年改正法についての注記

なお、2026年7月17日に令和8年改正個人情報保護法(令和8年法律第56号)が公布されているが、その主要部分は本稿確認日時点では未施行である(公布日から起算して2年を超えない範囲内において政令で定める日から施行。罰則の整理等の一部規定は2027年1月17日施行)。本節は2026年8月11日時点の現行法に基づく。

GDPR も同じ構造を持っている。第16条が訂正の権利(不正確な個人データの訂正)を定め、第17条が消去の権利を定める。「誤りの訂正」と「別の事由による消去」を別の条文に置くという設計は、EUでも日本でも共通している。

§6 AIモデル自体への権利行使 — CNIL と EDPB の整理

「GDPR は検索結果の話でAIモデルには関係ない」という理解も正確ではない。

ここでは二つの文書の役割を分けて読む必要がある。EDPB Opinion 28/2024 が示すのは、AIモデルが匿名といえるかどうかの判断枠組みである。CNIL の勧告(2026年1月5日公表)が示すのは、非匿名とされたモデルおよび訓練データセットに対して、データ主体が実際にどう権利を行使し、管理者がどう応答するかという実務の整理である。

その CNIL は、データ主体が訓練データセットとAIモデル自体の両方について権利を行使できなければならないとしている(モデルが匿名とみなされる場合を除く。この匿名性の判断は EDPB Opinion 28/2024 に依拠する)。

そして CNIL は、匿名性について次のように述べている。モデル自体が抽出可能な個人データを含む場合、そのモデルは匿名とみなせない。これは、公開情報から学習し、自然人(とりわけ公人)についての情報を提供できる大規模言語モデルに一般的に当てはまる。その場合、GDPR上の個人の権利はモデルに適用される。

ただし、権利の行使は絶対ではない。CNIL は、訂正・消去・異議の権利について、データの機微性(regurgitation や開示が本人に及ぼすリスク)と、管理者の事業活動の自由への制約——とりわけモデル再学習に要する計算資源・環境負荷・人的資源・費用の観点からの実行可能性——を比較して比例性を判断するとしている。CNIL 自身が挙げる例では、公開情報から学習した大規模言語モデルについて公人が消去を求めた場合、再学習のコストが極めて高いことから請求は原則として拒否されうるとされる。一方、保険会社向けモデルに自身の保険金支払いに関する情報が出力される事例では、管理者は原則として消去請求に応える解決策を提示しなければならないとされている。

6-1. 「拒否されうる」で終わらない — 代替措置

ここで止めてはならない。CNIL は、再学習が不可能または比例性を欠く場合にも、代替措置の実施を求めている。

具体的には、システムの出力をフィルタリングする措置によって訂正・異議・消去の権利行使に応えることを推奨している。ただし条件があり、管理者はその措置が十分に有効かつ堅牢である(迂回されない)ことを示さなければならない。CNIL はまた、権利行使者の「ブラックリスト」を作るより、個人データの生成自体を防ぐ一般的なルール(固有表現認識等による検出と仮名化)を用いることを推奨している。ブラックリスト方式は出力の統計分布を変えることで、かえって異議申立てをした者を特定させるリスクを生じさせうるためである。

§5-1で見た個人情報保護法第35条の代替措置と、構造が対応している。「削除できないなら何もしない」ではなく、実行可能性に応じた代替措置で権利を保護する。日欧いずれの制度も同じ構えを取っている。

6-2. モデルとシステムを区別する必要がある

CNIL はもう一点、実務上きわめて重要な区別を示している。

モデルとシステムは別のものである。システムはモデルとユーザーの間のインターフェースであり、ウェブ検索や知識ベース(RAG)から得た情報をクエリや出力に付加しうる。したがってある記述がモデルに記憶された個人データに由来するのか、システムの他の構成要素に由来するのかは、外からは判別しにくい。CNIL は、この区別が正しい管理者を特定するために不可欠だと述べている。知識ベースを提供者がシステムに統合しているならその提供者が、第三者が付加しているならその第三者が、権利行使の相手方になる。

この点が意味することは重い。モデル自体への権利が認められ得ることと、特定の生成回答を直接「削除」する権利が確立していることは同義ではない。請求を組み立てる前に、どの処理主体・どの構成要素が当該個人データを生じさせているのかの特定が必要になる。

なお CNIL は、生成AIについて、開発者が慎重に選んだプロンプトのリストによってモデルに問い合わせ、当該個人に関する個人データを記憶しているかを確認する内部手続を設けることを推奨している。権利行使をしようとする本人の側にも、記憶を示すと考えられるプロンプトの提示が求められうる。制度上の請求においても、観測と記録が前提になっているということである。

6-3. 法人と自然人を分ける

法人自身が自社の不利な情報の消去を第17条に基づいて求めることはできない。一方、役員等の自然人に関する情報については、AIモデルを含めGDPR上の権利が問題となり得る(ただし実行の困難さから請求が拒否される場合もある)。

危機管理の実務では、この二つを混同しないこと。企業として動ける範囲と、個人が動ける範囲は別である。

そして「権利が及ぶ」ことと「請求が通る」ことは違う。CNIL が挙げる考慮要素——機微性、事業活動の自由への制約、再学習の実行可能性とコスト——は、いずれも請求する側が支配できない変数である。制度上の道筋があることは、結果が得られることを保証しない。CNIL は、再識別やアンラーニングの技術が進展すれば、今日拒否されうる請求も明日は処理しなければならなくなるとして、管理者に動向を追うよう求めている。

§7 EU AI Act 第50条 — 透明性の規律であって、消去請求権ではない

AIに関する新しい規律として、EU AI Act 第50条が2026年8月2日から適用されている。

猶予の根拠については正確を期す必要がある。Regulation (EU) 2026/1744(いわゆる Digital Omnibus on AI。2026年7月24日 官報公示、同月27日発効)により AI Act に追加された第111条4項が、2026年8月2日より前に市場に投入された生成AIシステム——合成音声・画像・映像・テキストを生成するもの、汎用AIシステムを含む——について、第50条(2)の機械可読マーキング義務への対応期限を2026年12月2日まで猶予している。同日以降に市場投入されたシステムに猶予はなく、第50条のその他の義務にも経過措置は置かれていない。

猶予の根拠は第50条(2)そのものではなく、新設された第111条4項である。なお、2026年8月2日より前に生成されたコンテンツを遡って表示対応する必要はないとされているが、これは欧州委員会のガイダンスによる説明である。

ただし、これは開示・表示の規律である。利用者がAIとやり取りしていることを認識できるようにすること、AI生成コンテンツを識別可能にすることを求めるものであり、不利な生成回答について法人に消去請求権を与える制度ではない。

AI Act ができたのだから消せるようになった、という理解は誤りである。透明性義務が増えることと、削除を求める権利が生まれることは別である。AI Act は「これはAIが生成したものだ」と分かるようにする法であって、「これを消せ」と言える法ではない。

§8 制度の対象を並べる

ここまでを一覧にする。

制度対象主体効果
GDPR 第17条管理者が保持する個人データ(検索に限定されない)自然人消去(第3項の5つの例外あり)
EDPB Opinion 28/2024AIモデルが匿名といえるかの判断枠組み適用の可否を画する
CNIL の勧告(2026年1月5日)非匿名モデルおよび訓練データセットへの権利行使の実務自然人訂正・消去(実行可能性により拒否されうる。その場合は出力フィルタ等の代替措置)
Google Spain 判決氏名検索の結果リスト中のリンク自然人リンクの除去(元ページは残りうる)
最決平成29年1月31日検索結果の一部としてのURL等情報の提供個人(プライバシー)削除(優越が明らかな場合)
最判令和4年6月24日投稿(ツイート)そのもの個人(プライバシー)削除(比較衡量。平成29年決定より緩やかな基準と評される)
個人情報保護法 第34条保有個人データのうち事実でないもの本人訂正・追加・削除
個人情報保護法 第35条保有個人データ(正確でも対象になりうる)本人利用停止・消去、第三者提供の停止(困難な場合は代替措置)
EU AI Act 第50条AIシステムとの対話・AI生成コンテンツの開示透明性の確保(消去請求権ではない)

対象は制度ごとに異なる。検索結果のリンクを扱うもの、投稿そのものを扱うもの、管理者の保有データ一般を扱うもの、AIモデル自体に及びうるもの、そして透明性だけを扱うものがある。

そして、本稿で整理した個人データ保護・プライバシーに基づく削除制度では、権利の主体は自然人である。

法人にも、名誉・信用侵害や、不正競争防止法2条1項21号(競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実の告知・流布)等の別の法的構成が問題となり得る。ただしそれらは虚偽性・競争関係・違法性といった個別要件に依存するものであり、「真実である自社の不利な情報を一般的に消せる権利」ではない。法的責任と請求構成の詳細は本稿では扱わない(AI誤情報と法的責任を参照)。

法人が、真実である自社の不利な情報をAI回答から消すための一般的な権利は、本稿で確認した範囲では確認できなかった。

8-1. 検索結果の削除とAI回答の削除は、何が違うのか

Google Spain 判決と平成29年最決が扱った検索結果削除では、「リンクをリストから外す」という操作の単位が明確だった。AI回答ではその単位から検討が要る。

検索結果削除AI回答
対象の単位URL(特定できる)生成された文章(毎回異なりうる)
削除の意味リストから項目を外す何を、どこから除くのかの定義が要る
除去先検索インデックス学習済みの知識/取得された材料/出力段のいずれか
効果の確認当該URLが出なくなったかを見る同じ条件で反復して観測しないと分からない
制度の蓄積判例・監督機関の運用がある本稿で確認した範囲では確認できなかった

ただし、投稿そのものの削除を命じた令和4年最判があるとおり、既存法理が操作単位の明確な削除しか扱ってこなかったわけではない。問題は操作単位そのものの不在ではなく、生成回答について参照すべき枠組みがまだ見当たらないことにある。CNIL の整理はモデル自体への権利行使という経路を示しているが、実行可能性の壁があることも同時に示している。

§9 本稿で確認できなかったこと

以下はいずれも、本稿で確認した範囲では確認できなかった。

項目状況
法人が、真実である自社の不利な情報をAI回答から消すための一般的な権利確認できなかった
AI提供元による生成回答の削除について、判断枠組みを示した日本の最高裁判断確認できなかった(検索結果には平成29年決定、投稿には令和4年判決がある)
GDPR 第17条に基づくAIモデルへの消去請求が認容された公表事例確認できなかった
出力フィルタ等の代替措置が「十分に有効かつ堅牢」と認められた基準や事例確認できなかった(CNIL は要件として掲げるが、判断の物差しは示されていない)
法人が自社に関する記述の訂正を申し立て、処理期限と結果が保証される提供元の制度確認できなかった(AI誤情報の訂正・削除を参照)
CNIL の整理について、他のEU監督機関が同じ結論に至ることの確認確認できなかった
日本の個人情報保護法に基づき、AIモデルに対する利用停止請求が認められた公表事例確認できなかった

「制度がない」ことと「制度が使えない」ことは違う。上表が示すのは、確立した道筋がまだ見えていないという状態である。個別事案では別の構成が成り立つ可能性があり、その判断は法律実務家の領域にある。本稿は制度の対象と主体を整理するものであって、法律上の助言ではない。

§10 では、法務と広報は何をすべきか

制度が届かないなら、何をするのか。本稿の範囲で言えることを整理する。

10-1. 法人と個人を、最初から分けて設計する

事案が起きたとき、検討の入口で次を切り分ける。

切り分け判断すること
記述の対象法人についてか、特定の個人(役員・従業員)についてか
記述の正確性事実か、誤りか、混在か
使いうる根拠個人であれば、誤りなら訂正、正確でも利用停止・消去の余地があるか
記述の発生源モデルに記憶された個人データか、検索・知識ベース(RAG)等システム側の構成要素か(§6-2)
実行可能性請求が通ったとして、提供元が実際に何をできるのか。再学習か、代替措置か

混ぜたまま「全部消したい」と考えると、どの請求も設計できない。

10-2. 誤りである部分を切り出す

事実と誤りが混ざることは多い。処分の事実は正しいが、内容・時期・対象範囲が誤って語られる場合である。誤っている部分は誤情報の枠組みで扱える(AI誤情報対策AI誤情報の訂正・削除AI誤情報と法的責任)。切り出せる誤りがあるかを先に確認する。

10-3. 制度に期待できない部分は、観測に回す

制度が届かない範囲は、消えるのを待つ領域ではなく、見続ける領域である。どのエンジンで、どの問いに対して、どう語られ、何が引用されているか。それが時間とともにどう変わるか。この設計はAI回答に、その情報はいつまで残るのかが扱っている。

Vaipm はAI上の認知を、複数のAIへの合計25回のステートレス計測で測定している。これは研究から導かれた最適値ではなく、Vaipm の運用設計である。回数と条件を固定する意味は、値そのものより前回と比較できる状態を維持することにある。AI上の認知を継続的な管理の対象として扱う考え方を、Vaipm は AI Perception Management(AIPM)と呼んでいる(AIPMとは)。

10-4. 請求を検討する場合の記録

制度上の請求を検討するなら、その記述が実際に出力されたことを示す記録が要る。エンジン・機能名、モデルの版、実行日時、言語、地域設定、ログイン状態、プロンプト全文、回答全文。要約だけでは出力内容や文脈を後から十分に検証しにくいため、請求を見据える場合は原文も保存する。

この要請は、CNIL の整理とも整合する。§6-2で見たとおり、CNIL は生成AIについて、記憶の有無を確認するためのプロンプトによる問い合わせ手続を推奨しており、権利行使をする本人の側にもプロンプトの提示が求められうるとしている。どのプロンプトで何が出たかを記録していない状態では、請求の入口に立ちにくい。

ただし、その記録が個人に関する記述を含む場合、記録自体が個人情報の取扱いになりうる。アクセス権、保存期間、削除方針を、記録を始める前に定めておくこと。

10-5. 本稿の限界と、専門家への相談

本稿は制度の対象と主体を整理したものであり、法的助言ではない。GDPR 第17条の要件充足、個人情報保護法第35条の該当性、AIモデルへの権利行使の可否は、いずれも事案ごとの個別判断を要する。実際に請求を検討する場合は、弁護士等の専門家に相談すること

よくある質問

Q1. 忘れられる権利を使って、AIの回答を消せますか。

GDPR 第17条や、本稿で扱う個人のプライバシーに基づく削除制度について、法人自身は権利主体になりません。第17条は検索エンジンに限定された制度ではなく管理者一般に対する消去権ですが、保護の対象は自然人です(規則の正式名称も「自然人の保護に関する規則」)。Google Spain 判決(C-131/12)が認めたのは氏名検索の結果リストからのリンク削除で、元ページの掲載は適法なまま残りえます。役員等の自然人については別で、CNIL は抽出可能な個人データを含むAIモデルは匿名とみなせず、GDPR上の権利がモデルにも適用されるとしています。

Q2. 事実である不祥事は、訂正を求めることができないのですか。

「誤っていること」を理由とする訂正は成立しません。日本の個人情報保護法でも、第34条の訂正等は「内容が事実でないとき」を要件としています。ただし「何もできない」わけではありません。同法第35条の利用停止等は、データが正確であっても、目的外利用・不適正利用・不正取得があった場合や、利用する必要がなくなった場合、本人の権利・正当な利益が害されるおそれがある場合に、利用停止・消去や第三者提供の停止を求めうる制度です。GDPR 第17条第1項も、目的達成や異議申立てなど、正確性を要件としない事由を列挙しています。

Q3. 第35条の要件を満たせば、必ず削除されますか。

そうとは限りません。第35条の第2項・第4項・第6項はいずれもただし書きを置いており、利用停止等に多額の費用を要する場合その他の実施が困難な場合であって、本人の権利利益を保護するため必要なこれに代わるべき措置をとるときは、この限りでないとされています。つまり要件充足と、データそのものの削除は同義ではありません。同じ構造は CNIL の整理にもあり、モデルの再学習が比例性を欠く場合には出力フィルタ等の代替措置が想定されています。

Q4. GDPR 第17条で消去が認められないのは、どういう場合ですか。

第17条第3項が5つの例外を定めています。表現・情報の自由の行使、法的義務の遵守や公益上の任務の遂行、公衆衛生分野の公益上の理由、公益的アーカイブ・科学的歴史的研究・統計の目的(第89条1項に従い、消去がその目的の達成を不可能にし、または著しく損なうおそれがある場合)、そして法的請求の確立・行使・防御です。危機管理の文脈で特に関係しうるのは、報道が表現・情報の自由の行使に当たりうること、係属中の紛争があれば法的請求の防御が問題になりうることです。

Q5. 日本の最高裁は、AIの回答についても判断していますか。

本稿で確認した範囲では確認できませんでした。ただし「日本には検索結果の削除法理しかない」という理解は正確ではありません。最高裁は令和4年6月24日、逮捕事実を摘示した Twitter 投稿そのものについて削除を認めています(令和2年(受)第1442号、民集76巻5号1170頁)。対象は真実の逮捕事実でしたが、逮捕から約8年が経過し刑の言渡しが効力を失っていること、転載元の報道記事も既に削除されていることなどから、公共の利害との関わりの程度が小さくなったと評価されました。平成29年決定より緩やかな基準を示したものと評されています。それでも、生成回答について参照すべき最高裁の枠組みは見当たりません。

Q6. 役員個人に関する記述なら、モデルからの削除を請求できますか。

請求の余地はありますが、通る保証はありません。CNIL は、抽出可能な個人データを含むモデルは匿名とみなせず、GDPR上の権利がモデル自体に適用されるとしています。一方で、訂正・消去の権利は絶対ではなく、データの機微性と、管理者の事業活動の自由への制約——とりわけモデル再学習に要する計算資源・環境負荷・人的資源・費用——を比較して比例性が判断されるとしています。CNIL 自身が挙げる例では、公開情報から学習したLLMについて公人が消去を求めた場合、再学習コストの高さから請求は原則として拒否されうるとされています。ただし再学習が比例性を欠く場合には、出力フィルタ等の代替措置が求められます。

Q7. 出力フィルタでの対応は、削除の代わりになりますか。

CNIL は、再学習が不可能または比例性を欠く場合の代替措置として、システムの出力をフィルタリングする措置を推奨しています。ただし条件があり、管理者はその措置が十分に有効かつ堅牢である(迂回されない)ことを示さなければなりません。また CNIL は、権利行使者のブラックリストを作るより、個人データの生成自体を防ぐ一般的なルールを用いることを推奨しています。ブラックリスト方式は出力の統計分布を変えることで、かえって異議申立てをした者を特定させるリスクを生じさせうるためです。なお、この基準を満たすと認められた具体的事例は、本稿で確認した範囲では確認できませんでした。

Q8. 請求はどこに対して行えばよいのですか。

先に、その記述がどこから生じているかを特定する必要があります。CNIL は、モデルとシステムを区別すべきだと述べています。システムはモデルとユーザーの間のインターフェースであり、ウェブ検索や知識ベース(RAG)から得た情報をクエリや出力に付加しうるため、ある記述がモデルの記憶に由来するのか、システムの他の構成要素に由来するのかは外からは判別しにくいからです。知識ベースを提供者がシステムに統合しているならその提供者が、第三者が付加しているならその第三者が、権利行使の相手方になります。モデル自体への権利が認められ得ることと、特定の生成回答を直接「削除」する権利が確立していることは同義ではありません。

Q9. EU AI Act ができたので、AI回答の削除を請求できるようになりましたか。

なっていません。EU AI Act 第50条は2026年8月2日から適用されていますが、これは透明性の規律です。利用者がAIとやり取りしていることを認識できるようにすること、AI生成コンテンツを識別可能にすることを求めるもので、不利な生成回答について法人に消去請求権を与える制度ではありません。なお、2026年8月2日より前に市場投入された生成AIシステムについては、Regulation (EU) 2026/1744 により追加された第111条4項が、第50条(2)の機械可読マーキング義務への対応期限を2026年12月2日まで猶予しています。猶予の根拠は第50条(2)自体ではなく、この第111条4項です。

Q10. 法人には、まったく手立てがないのですか。

本稿が扱う個人データ保護・プライバシーに基づく削除制度については、法人は権利主体になりません。もっとも、名誉・信用侵害や、不正競争防止法2条1項21号(競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実の告知・流布)等の別の法的構成が問題となり得ます。ただしそれらは虚偽性・競争関係・違法性といった個別要件に依存するもので、「真実である自社の不利な情報を一般的に消せる権利」ではありません。法的責任と請求構成の詳細はAI誤情報と法的責任をご覧ください。

Q11. 検索結果の削除とAI回答の削除は、何が違うのですか。

Google Spain 判決と平成29年最決が扱った検索結果削除では、URLという特定可能な単位があり、削除は「リストから項目を外す」という操作になります。AI回答は毎回異なりうる生成文であり、何を、どこから除くのか——学習済みの知識か、取得された材料か、出力段か——の定義自体が要ります。効果の確認方法も違い、AI回答では同じ条件で反復して観測しなければ変化を判別できません。ただし令和4年最判のように投稿そのものの削除を命じた先例もあるため、既存法理が操作単位の明確な削除しか扱ってこなかったわけではありません。

Q12. 法務としては、まず何から着手すべきですか。

四点を切り分けてください。第一に、記述の対象が法人か個人か。第二に、記述が事実か誤りか、混在か。第三に、記述の発生源がモデルかシステム側の構成要素か。第四に、使いうる根拠が訂正なのか利用停止・消去なのか。誤りである部分は切り出して誤情報の枠組みで扱えます(AI誤情報対策)。切り分けずに「全部消したい」と考えると、どの請求も設計できません。

Q13. 制度に頼れない部分は、どうすればよいですか。

消えるのを待つのではなく、観測してください。どのエンジンで、どの問いに対して、どう語られ、何が引用されているか、そしてそれが時間とともにどう変わるか。制度上の請求を検討する場合にも記録は必要で、CNIL は生成AIについて、記憶の有無をプロンプトによる問い合わせで確認する手続を推奨し、権利行使をする本人の側にもプロンプトの提示が求められうるとしています。観測の具体的な設計は、AI回答に、その情報はいつまで残るのかをご覧ください。なお記録が個人に関する記述を含む場合、記録自体が個人情報の取扱いになりうるため、アクセス権・保存期間・削除方針を先に定めてください。

まとめ

  • 「忘れられる権利」は単一の制度ではない。GDPR 第17条は検索に限定されない一般的な消去権であり、Google Spain 判決と最決平成29年1月31日は検索結果のリンク・URL等情報を対象とする
  • GDPR 第17条には第3項の5つの例外があり、危機管理の文脈では表現・情報の自由と法的請求の防御が特に関係しうる。また第2項は、公開していた場合に他の管理者へ請求を知らせる措置を定める
  • 日本の削除法理は検索結果だけを対象としていない。最判令和4年6月24日は、真実の逮捕事実を摘示した投稿そのものの削除を認めた。ただし自然人のプライバシーに関する判断である
  • 日本の個人情報保護法は「訂正等」(第34条・事実でないことが要件)と「利用停止等」(第35条・正確でも対象になりうる)を別制度としている
  • ただし第35条には代替措置のただし書きがあり、要件充足とデータの削除は同義ではない
  • EDPB Opinion 28/2024 がモデルの匿名性の判断枠組みを示し、CNIL の勧告が非匿名モデルへの権利行使の実務を整理している
  • 権利は絶対ではなく再学習の実行可能性とコストにより請求が拒否されうるが、その場合 CNIL は出力フィルタ等の代替措置を求める
  • モデルとシステムは区別を要し、記述の発生源の特定が請求の前提になる
  • EU AI Act 第50条は透明性の規律であり、消去請求権を与えるものではない(猶予の根拠は Regulation (EU) 2026/1744 が追加した第111条4項)
  • 本稿で整理した個人データ保護・プライバシーに基づく削除制度では主体は自然人であり、法人が真実である自社の不利な情報をAI回答から消すための一般的な権利は、本稿で確認した範囲では確認できなかった
  • 実務は、法人としての請求可能性と個人としての請求可能性を最初から分けて設計する

本記事について

本記事は制度の対象と主体を整理したものであり、法的助言ではありません。個別の事案について請求を検討される場合は、弁護士等の専門家にご相談ください。

出典一覧

一次情報(法令・判例・監督機関)

  1. Regulation (EU) 2016/679(GDPR)第17条 消去権(忘れられる権利)。第1項の事由、第2項の公開時の通知措置、第3項(a)〜(e)の例外

https://eur-lex.europa.eu/eli/reg/2016/679/oj

  1. EU司法裁判所(大法廷)2014年5月13日判決 Case C-131/12 Google Spain SL, Google Inc. v AEPD, Mario Costeja González(ECLI:EU:C:2014:317)。Directive 95/46/EC の下での判決

https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=CELEX:62012CJ0131

  1. 最高裁判所第三小法廷 平成29年1月31日決定(平成28年(許)第45号、民集71巻1号63頁)検索結果削除仮処分に関する判断枠組み
  2. 最高裁判所第二小法廷 令和4年6月24日判決(令和2年(受)第1442号「投稿記事削除請求事件」、民集76巻5号1170頁)。逮捕事実を摘示したツイートの削除を認容。刑法34条の2第1項後段による刑の言渡しの効力喪失、転載元報道記事の削除、140字の速報目的といった事情を考慮
  3. 個人情報保護委員会「個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(通則編)」3-8-4 保有個人データの訂正等(法第34条関係)、3-8-5 保有個人データの利用停止等(法第35条関係)

https://www.ppc.go.jp/personalinfo/legal/guidelines_tsusoku/

  1. 個人情報保護委員会「個人情報保護法の基本」(第34条=内容に誤りがある場合の訂正・追加・削除、第35条=目的外利用・不適正利用・不正取得等を理由とする利用停止・消去、第三者提供の停止)

https://www.ppc.go.jp/files/pdf/kihon_202207.pdf

  1. 個人情報の保護に関する法律 第35条第2項ただし書(利用停止等に多額の費用を要する場合その他の利用停止等を行うことが困難な場合であって、本人の権利利益を保護するため必要なこれに代わるべき措置をとるときは、この限りでない)。第4項・第6項に同旨
  2. 個人情報保護委員会「令和8年 改正個人情報保護法について」。令和8年法律第56号として2026年7月17日公布。主要部分は公布日から起算して2年を超えない範囲内において政令で定める日から施行(本稿確認日時点で未施行)

https://www.ppc.go.jp/personalinfo/legal/r8kaiseihogohou/

  1. CNIL「Ensuring and facilitating the exercise of data subjects' rights」2026年1月5日公表。訓練データセットとAIモデル自体への権利行使、抽出可能な個人データを含むモデルは匿名でない、比例性判断の考慮要素、再学習が比例性を欠く場合の出力フィルタ等の代替措置、モデルとシステムの区別、生成AIにおけるプロンプトによる確認手続

https://www.cnil.fr/en/ensuring-and-facilitating-exercise-data-subjects-rights

  1. CNIL「AI system development: the CNIL's recommendations to comply with the GDPR」

https://www.cnil.fr/en/ai-system-development-cnils-recommendations-to-comply-gdpr

  1. EDPB Opinion 28/2024(AIモデルにおける個人データ処理に関するデータ保護上の論点。モデルが匿名といえるかの判断枠組み)

https://www.edpb.europa.eu/system/files/2024-12/edpb_opinion_202428_ai-models_en.pdf

  1. 欧州委員会「Transparency obligations under Article 50 of the AI Act」(第50条は2026年8月2日から適用。2026年8月2日より前に生成されたコンテンツの遡及表示は不要)

https://digital-strategy.ec.europa.eu/en/faqs/transparency-obligations-under-article-50-ai-act

  1. Regulation (EU) 2026/1744(Digital Omnibus on AI)。2026年7月24日 官報公示、同月27日発効。AI Act に第111条4項を追加し、2026年8月2日より前に市場投入された生成AIシステムについて第50条(2)の対応期限を2026年12月2日まで猶予
  2. 不正競争防止法 第2条第1項第21号(競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知し、又は流布する行為)

制度解説・監督機関による整理

  1. 個人情報保護委員会 ガイドライン(通則編)における条番号は、令和8年6月14日時点の条番号に基づく旨が明記されている
  2. アイルランド データ保護委員会(DPC)による第17条の解説(第3項の例外の整理)

https://www.dataprotection.ie/en/individuals/know-your-rights/right-erasure-articles-17-19-gdpr

注記

  1. 本稿は制度の対象と主体を整理するものであり、個別事案に対する法律上の助言ではない。当てはめは事情により結論が異なりうる。
  2. CNIL はフランスのデータ保護機関であり、その整理はEU域内の解釈の一つである。他の監督機関の判断が一致するとは限らない。
  3. Google Spain 判決、最決平成29年1月31日および最判令和4年6月24日については、判決文・決定文および公表された裁判所資料に基づく。
  4. 令和4年最判の掲載誌について、本稿は民集76巻5号1170頁を採用した。判決直後の資料では裁判所時報の頁が示されている場合がある。
  5. 本稿が扱わない「情報がどれだけ残るのか」という時間軸については、AI回答に、その情報はいつまで残るのかの出典一覧に一次情報を収録している。

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